20年以上にわたってニューヨークで暮らし、アメリカから日本を、そして世界を観てきたジャーナリスト・北丸雄二さん。そこで得た知見をもとに、「LGBT」で人生を読み解きます。

 ロック・ハドソンの死が世間を覚醒させる爆弾だったとしても、エイズ禍が終わったわけではありませんでした。1985年末までに、世界の全ての地域でエイズの発症例が報告されました。発症者は世界全体で2万人を超えました。
 「レッドリボン」がエイズ啓発の国際的なシンボルとなった1991年には、バスケットボール界のスター、マジック・ジョンソンが自らHIV陽性であることを発表しました。このことは「エイズはゲイ(だけ)の病気」というイメージを払拭する一助としましたが、それから間もなくクイーンフレディ・マーキュリーのエイズ発症も明らかになり、翌日11月24日、そのニュースは彼の訃報に変わりました。92年にはプロの花形テニス選手だったアーサー・アッシュが9年前の心臓手術の輸血からエイズにかかったことを発表し、彼も翌年2月にエイズ関連の肺炎で死去します。
 アッシュの亡くなった2週間ほど後に私は、東京新聞ニューヨーク支局に赴任しました。

1987年に設立されたエイズ・アクティビスト団体「ACT UP」による「SILENCE=DEATH」プロジェクトのポスター。

1 2 3 4 5
>

バックナンバー