そうそう、「ゲイ地区」といえばニューヨークではかつてはグリニッジ・ヴィレッジでした。昔から自由人の住む「リトル・ボヘミア」として栄え、最初のゲイバー(当時は花の名の「パンジー」がゲイを指す隠語で、「パンジー・バー」と呼ばれました)めいた店も1890年代にこの地区にできています。あの「ストーンウォール・イン」も七番街からクリストファー・ストリートをすぐ東に入ったヴィレッジの中心部にあります。
 しかしヴィレッジは基本的には住宅地で、道路も狭く商業施設のスペースも限られています。おまけにどんどん瀟洒になって家賃も高くなり、年齢層も高い金持ちゲイしか住めない場所になった。ゲイたちがその北隣のチェルシー地区に移り始めたのはそんな90年代に入ってからです。
 チェルシーはそれまで特に八番街から西ではなんだか危険な感じもする地区でした。だから家賃も安くて若いゲイたちも住むことができたのですが、そうやってゲイたちが入り始めてから街はどんどん明るく安全になってきて、当時はすっかりニューヨークでいちばんトレンディな地区になっていました(現在のゲイ人口はマンハッタンを離れてブルックリンに移動した後、同性婚が合法化されて家族化することで市内どの地区にも、むしろ年収に見合った場所場所に偏在するようになっています)。
 そういえばサンフランシスコのカストロ地区も「ゲイの街」になってから見違えるほどきれいになりました。ロサンゼルス近隣のウェストハリウッドもゲイ地区化とともに豪奢になりました。ケープコッドのプロヴィンスタウンやフロリダのサウスビーチ、キーウェストなど、ゲイのリゾート地は不況時でさえも賑わっていました。

 チェルシー地区はまさにその流れで繁栄しました。次々とおしゃれなカフェやレストランやゲイクラブができ、ヴィレッジにあったゲイ専門書店「ディファレント・ライト」も1993年に3倍の店舗面積を求めてチェルシーの19丁目に移転しました。その近くに「G Lounge」という画期的なゲイバーができたのは1995年でした。ドアも閉じて窓も小さく、内部の窺い知れないゲイバーが多かったのですが、この店は通りに面して全面がガラスのドアでした。そこにはゲイフレンドリーなストレートの若い男女もゲイの友人に連れられて数多く訪れ、おしゃれなカクテルと会話を楽しんでいました。ニューヨークの若者たちの間では、ゲイの友人がいることはそのころ「シック(chic)」でクールなことになっていました。それはすでに政治的にもリベラルで人権意識も高いという「ブランド」であり「記号」でもあったわけです。
 例の、エイズ発症者/HIV陽性者への「友情・支援」を示す「レッドリボン」もまたどんどん記号化し、エイズ・フレンドリーであることを「エイズ・シック(chic)」と呼ぶ傾向も生まれました。レッドリボンが高級宝飾店からとんでもない高額なアクセサリーとして売り出されたのもこのころでした。

 

1 2 3 4 5
< >

バックナンバー