不思議な時代でした。エイズ禍は去っていないのにより「ヴィジブル(目に見えるよう)」になって元気なゲイたちを(正確に言えばそれは選別的に「白人ゲイ男性」層だったのですが)、生き馬の目を抜く米ビジネス界がターゲットにし始めるのです。
 90年代に入って、アメリカの主流メディアは(そしてそれに触発されたヨーロッパ・メディアもまた)こぞってゲイたちの可処分所得の多さを喧伝しはじめます。その先駆けとなったのは『ウォールストリート・ジャーナル』の1991年6月18日付けの大々的な統計記事でした。米商務省国勢調査局と民間調査機関の共同調査によるその統計数字は、ゲイの世帯が他のアメリカの一般世帯よりはるかに年間所得や可処分所得が大きく高学歴で、旅行や買い物に多大な興味を示しているというものでした。
 今から30年近く前となるその当時のアメリカにおける統計結果を少し抜き出してみましょう。

  ▼1世帯平均年収はゲイ世帯で55,430ドルで、全米平均より23,000ドル多い
  ▼米国人平均個人年収12,166ドルに対し、ゲイ個人は36,800ドルと3倍
  ▼大卒者は米国平均では18%なのに対しゲイでは59.6%とこれも3倍以上
  ▼年収10万ドル以上の高額所得者はゲイで7%を占め、アメリカ平均の4倍
  ▼回答レズビアンの2%は年収20万ドルを超え、これはゲイ男性中の比率より多い
  ▼全米でゲイ男性とレズビアン女性が獲得する所得は年間で5,140億ドル
  ▼海外旅行経験者はアメリカ人全体では14%だが、ゲイでは65.8%
  ▼航空会社のフリークエント・フライヤーズのメンバーも米国人全体で1.9%だった当時に、ゲイはその13倍以上の26.5%

 ここで断っておかねばならないのは、これらの数字はあくまで「自分はゲイである/レズビアンである」とアンケートに答えることのできる、すなわち自分に自信を持っている人たちの回答結果だということです。当時ゲイ(LGBTQ+)人口は10%を占めると言われていました。その10%の構成者がすべてこの統計数字を具現しているわけではないのは自明でしょう。けれど、需要と供給の新市場が生まれることはメディアにも企業にも、そしてゲイ・コミュニティにも経済戦略的にも政治的正しさにおいても損はなかった。だから皆この戯画化した「ゲイ金持ち説」にまんまと乗った──その側面は指摘しておかねばなりません。

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