20年以上にわたってニューヨークで暮らし、アメリカから日本を、そして世界を観てきたジャーナリスト・北丸雄二さん。そこで得た知見をもとに、「LGBT」で人生を読み解きます。

 「不思議な時代」だったと書きました。エイズ禍は去っていないのに、ゲイたちがそれを逆バネにして社会的にどんどん可視化し、結果、カミングアウトを果たしたそのゲイ・コミュニティに、鵜の目鷹の目のアメリカのビジネス界が新しい(未開拓の)マーケットとして狙いをつけた──けれどそれはそんなに単純な話ではありませんでした。ロック・ハドソンの死が一つの契機だったことは確かですが、それを最大限に利用して、80年代後半から90年代のアメリカのリベラル社会全体がエイズ禍と差別システムへの猛反撃を始めたわけです。そのことなしに、現在の同性婚合法化(結婚の平等)につながるゲイ・コミュニティ受容の現状はありません。

 その反攻の第一は、ゲイとエイズからスティグマ(社会的汚辱)を拭い去ることでした。

 エイズと診断された恋人ロジャーを最期まで看取ったポール・モネット(Paul Monette)の回顧録『Borrowed Time』(1988/邦訳は時空出版『ボロウドタイム』)に象徴的な記述があります。ある打ち合わせでロジャーが向かうことになるカフェのテーブルを、モネットが事前に懸命に拭くのです。HIV/AIDSが人々の脅威であり、死に直結するその感染に社会全体が恐れおののいていた時代でした。けれど彼が拭くのはHIVに“汚染”されているロジャーが「触れた」テーブルではなく、「これから触れる」テーブルです。

 

 エイズは不思議な(という書き方自体、実は様々な「隠喩」をもたらす有害な表記なのですが)病気です。HIV(Human Immunodeficiency Virus=ヒト免疫不全ウイルス)そのものがもたらす発熱、倦怠、発汗などの症状よりも、後天性免疫不全症候群(Acquired Immunodeficiency Syndrome)の略称どおり、免疫が機能しないことによって、その肉体が外界の全ての病原体が思う存分暴れることのできる場所になってしまうのです。つまり、エイズは外界の汚れを映す「鏡」のような病気でした(今現在はHIVの数や症状を減じさせる治療法が発達して、その「鏡」効果も減じています)。

 懸命にテーブルを拭くモネットの姿に(HIV陽性者AIDS患者ではない)読者は気づきます。様々な病原体で「汚れ」ているのは実はHIV陽性者AIDS患者ではなく、自分たちの方ではなかったのかと。自分たちは自らが様々な病原体で「汚れ」ていることに免疫力で気づかずにいられるが、HIV陽性者AIDS患者はそういう諸々の「汚れ」を敏感に引き受けてしまうのだと。モネットが拭いていたのは、そんな自分たちの汚したテーブルであり、彼はロジャーの触れるそのテーブルの「汚れ」の方を除菌していたのだと。「汚れ」に脆弱なのは自分たちではなく、ロジャーたちの方なのであり、自分たちがロジャーを恐れるその謂れなき「汚れ」よりも、実はロジャーたちの方こそが我々の「汚れ」を恐れていたのだと。

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