そう思えば『アルターボーイズ』のあの若手俳優も、自分の「ぶっちゃけた話=本音」を、上演後の「アフタートーク」という擬似的私的空間(と装いながらも本当は公的な空間)で披瀝することに意味がありました。私たちはそのギャップに感応するのです。

 「私」=「身内の言語=本音」を旨とする日本社会では、あのマット・デイモンやパトリック・スチュワートのような「公の言語=建前」を語れる人はなかなか育ちません。「ぶっちゃけた話」が得意な政治家は、オバマのような感動的かつ格言的ですらある「公の言語=建前」の演説をすることはほとんどできません。せいぜい、どこかのスピーチ集から拾ってきた聞き飽きたような“警句”“箴言”の類いを結婚式で披露するくらいです。

 ちなみにその点、トランプはオバマとは真逆の「身内・支持者だけに通じる言語=彼なりの本音」でしか話をすることがありません。それは前述したようにすなわち、他者を排除する言語なのです。「アメリカの分断」はこの、トランプによる「身内の言語」によって焚きつけられています。

 「本音と建前と、どっちがいい?」と訊かれたら、ほとんどの人はおそらく「それは本音だよ」と無条件に答えるでしょう。十代の頃の私もそうでした。でも、そこには本当は「私的空間」と「公的空間」の前提条件が最初に提示されなくてはならなかったのです。

 「私的空間=身内」ではもちろん「本音」の付き合いが第一です。けれど「公的空間=世間」では、それぞれが様々に方向性の違う勝手な「本音」を求め合っていたらグチャグチャになります。だからそこでは本来、何らかの最大公約数が必要です。誰もがみな一様に幸せになれるわけはないけれど、少なくとも個人個人の誰もが幸せになれるような何かを志向する、その見果てぬ姿勢のことを「建前」として(身内以外も全て含んだ)みんなで支える。それが民主制度であり、民主社会の「規範」(共同幻想)のはずなのです。そしてその「建前」のことを、「政治的な正しさ(PC)」という意識的な共同幻想として再構築しようとしたのが1980年代からのアメリカ社会でした。その「建前」によって、個々人の「本音」の深層もまたやがて試される、鍛えられる、変容する、という意味での。

 初演から10年経って、『アルターボーイズ』の「マーク」役は今、「オカマっぽくてイヤな」役ではなく「ゲイっぽくてオイシイ」役に変わっています。今の若い役者たちはこの「マーク」を実に楽しそうに、生き生きと、そしてとても共感的に思いを込めて演じています。彼らは日本でも肯定的に捉えられ始めたLGBTという言葉を、さらにはその実体を、かつての世代よりはよく知っている若者たちです。「LGBTだって人間だ」という今更ながらの、けれど「建前」として流通させなければならなかった「政治的正しさ」が、個人の「本音」の部分までをも変えてきた、日本で最初の世代かもしれません。日本語は、こうしてクローゼットから出て新鮮な空気を吸うことができるのです。

続く。次回は5月8日(水)更新予定です。


*本連載エッセイは、誠文堂新光社ウェブサイト内の「よみものどっとこむ」との連動企画です。

■北丸雄二
ジャーナリスト、コラムニスト、作家、翻訳家/元々は毎日新聞から東京新聞(中日新聞東京本社)に転社した社会部畑の新聞社記者で、クリントンが大統領に就任した1993年にニューヨーク支局長に着任。3年半後の96年夏に帰任を命じられたのを機に退社し、独立。その後もニューヨーク在住のまま、大統領がG・W・ブッシュ〜オバマ〜トランプと変わった2017年まで、計24年間、米国政治・社会・文化、日米及び国際関係の分野でジャーナリズム活動を続ける。18年、実母の老齢化のために拠点を日本に移し、現在は主にトランプ・ウォッチャーとしてTBSラジオやFM TOKYO、大阪MBS及びネットTVなどで米国関連ニュースを解説。一方で、英米文学、ブロードウェイ・ミュージカルや戯曲の翻訳も多く、『世界』『現代思想』『ユリイカ』などで国際情勢から映画、音楽、文芸まで各種評論も行っている。LGBTQ+関連では90年に米国ゲイ文学の金字塔と言われる『ザ・フロント・ランナー』を翻訳刊行したのを機に、新聞業務と並行するライフワークとしてエイズ問題や刻々と拡大する人権状況を取材執筆開始。ニューヨークでは日本人コミュニティ向けにHIV/AIDSの電話相談の開設・運営にも尽力する一方、97年から、日本のゲイ月刊誌『Badi』に米国を中心としたゲイ関連ニュースコラムを連載。同年6月に青土社から刊行の『ゲイ・スタディーズ』(キース・ヴィンセント他著)でも全面的な監修を担当し、ほかにLGBTQ+関連のニュースを報じるプロフェッショナルが誰一人としていなかった当時、『AERA』で「日本に向けて性的マイノリティに関する正しい情報を発信するゲイのジャーナリスト」という紹介記事も掲載された。現在、十年来の同性パートナーと5歳の黒猫とともに東京に暮らす。
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