20年以上にわたってニューヨークで暮らし、アメリカから日本を、そして世界を観てきたジャーナリスト・北丸雄二さん。そこで得た知見をもとに、「LGBT」で人生を読み解きます。

 アメリカの6月は1969年6月28日に起きた「ストーンウォールの反乱」を記念して「プライド月間」と呼ばれます。今年はその50周年です。

 70年代初めには「ゲイ・プライド」と言っていました。それが現在は「LGBT(Q+)プライド」とより具体的に指示されるようになった経緯はすでにお話ししました。当初はコミュニティ内を中心に種々の記念イヴェントが行われてきたのですが、ビル・クリントンが大統領だった1999年に初めて公式に「ゲイ&レズビアン・プライド月間」として宣言され、それは翌年2000年も続きました。次は2009年から2016年までの8年間、バラク・オバマ大統領が「LGBTプライド月間」と宣言しました。

 続くドナルド・トランプは2019年になって初めて共和党の大統領としてプライド月間を“祝福”“認知”しましたが、それは「宣言」ではなく例によってツイッターで呟いた形でした。ただし、「私の政府は同性愛の脱犯罪化に向けた世界的キャンペーンを開始した」とツイートしながらも、その実、トランスジェンダーの人たちに対してオバマケア(医療保険)の適用除外を行ったり、医療従事者が宗教的理由で診察を拒絶することを許可したり、米軍への入隊を禁止したり、ホームレスシェルターへの避難を断ったり、さらには内外の米国公館(大使館や領事館)がこの月間に(オバマ時代には奨励された)レインボー・フラッグを掲揚することを禁止したりと、やることなすことその真逆です。それでいて大統領再選を目指してLGBTQ+票も取り込もうと、5月下旬からレインボーをあしらった「LGBTQ for TRUMP」なるロゴのTシャツを24ドル(別途で送料7ドル)で売り始めるというのは、いったい何の嫌がらせでしょう?

 

 「プライド」というのは「誇り」のことです。それは前回のこのコラムで取り上げた「アイデンティティの政治」に関わっています。なぜ「プライド月間」、つまり「(LやGやBやTやQなどであることに)誇りを持とうと謳う月間」が必要なのか? それは長らくLGBTQ+の人たち(それ以前には黒人や女性などの社会的マイノリティの人たち)は「自分が自分であること」を、つまりは自分が拠って立つ「アイデンティティ」を、取るに足らないもの、大したことのないものとして蔑ろにされてきたからです。蔑ろにされてきた、もっといえば(根拠なく、まるであらかじめの属性であるかのように)軽蔑されてきた自分の「アイデンティティ」を、取り戻す、いや、元からなかったものとして扱われてきたのですから、作り上げる、それも「誇り」をもって築き直すという必要があったわけです。

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