ご存知のように日本の新聞社の特派員として、その後はフリーランスのジャーナリストとして、1993年2月から24年にわたってアメリカで実際にLGBT問題に関して直接の取材もしてきましたので、原著にあるちょっとした誤りも多角的なファクトチェックを経た上でいくつか修正してあります。訳し始めた最初の方では訳注も少々用いてしまいましたが、もし重版になる機会に恵まれたら次にはそれらもどうにか地の文に取り込んでしまいたいと画策していますw

 行政がダメなら立法に訴え、立法がダメなら司法に、司法がダメでもさまざまな手法で直接行動に訴えて「平等」を勝ち取ってきた(勝ち取りつつある)LGBTコミュニティの強靭さは、それを内包できる社会の強靭さにつながります。この『LGBTヒストリーブック』はもちろん一般読者を求めることで日本社会のそんな強靭さに繋がってもらいたいとの思いを込めていますが、同時に全国の中学や高校の図書室にあまねく置かれることを望んでいます。思えば数十年前の私の高校の図書室には当時、LGBTに関する“肯定”的な(それでも苦渋の)記述はおそらく唯一アンドレ・ジッドの全集の、ほとんど数年にわたって誰も開いたことがなかっただろう黄色く褪色した『コリドン』のページの上にしかありませんでした──多感な思春期を迎える十代の若者たちに、本書がこれまでに与えられたことのなかった世界への強靭な視点をもたらしてくれることを願っています。そしてこの歴史本は、ここに連載している私の「LGBTの練習問題」という「生き方」の論考の副読本というか、第一義的な基本資料ともなってくれると思っています。

 さて、そろそろ本題に戻りましょう。何の話をしていたんでしたっけ?──そうそう、「アイデンティティ・ポリティクス」の話でした。自分たちのアイデンティティを基にして政治的要求を突きつけるばかりでは、どこにも行けやしないのではないのか、という疑義が呈されてこのところ風当たりの強いLGBTQの「アイデンティティの政治」の陥穽とは、いわば「党派性のワナ」のことなのです。

 けれど「LGBTQ+」とは、まずは自分たちのアイデンティティを確立することから始めなければ、そもそも「どこにも行けやしな」かったわけで──。それは同時に、本質主義から構成主義(いまでは社会構築主義と呼ばれることも多いですが)への考え方の移行にも関わってきます。

(続く)

*本連載エッセイは、誠文堂新光社ウェブサイト内の「よみものどっとこむ」との連動企画です。


プロフィール

■北丸雄二
ジャーナリスト、コラムニスト、作家、翻訳家/元々は毎日新聞から東京新聞(中日新聞東京本社)に転社した社会部畑の新聞社記者で、クリントンが大統領に就任した1993年にニューヨーク支局長に着任。3年半後の96年夏に帰任を命じられたのを機に退社し、独立。その後もニューヨーク在住のまま、大統領がG・W・ブッシュ?オバマ?トランプと変わった2017年まで、計24年間、米国政治・社会・文化、日米及び国際関係の分野でジャーナリズム活動を続ける。18年、実母の老齢化のために拠点を日本に移し、現在は主にトランプ・ウォッチャーとしてTBSラジオやFM TOKYO、大阪MBS及びネットTVなどで米国関連ニュースを解説。一方で、英米文学、ブロードウェイ・ミュージカルや戯曲の翻訳も多く、『世界』『現代思想』『ユリイカ』などで国際情勢から映画、音楽、文芸まで各種評論も行っている。LGBTQ+関連では90年に米国ゲイ文学の金字塔と言われる『ザ・フロント・ランナー』を翻訳刊行したのを機に、新聞業務と並行するライフワークとしてエイズ問題や刻々と拡大する人権状況を取材執筆開始。ニューヨークでは日本人コミュニティ向けにHIV/AIDSの電話相談の開設・運営にも尽力する一方、97年から、日本のゲイ月刊誌『Badi』に米国を中心としたゲイ関連ニュースコラムを連載。同年6月に青土社から刊行の『ゲイ・スタディーズ』(キース・ヴィンセント他著)でも全面的な監修を担当し、ほかにLGBTQ+関連のニュースを報じるプロフェッショナルが誰一人としていなかった当時、『AERA』で「日本に向けて性的マイノリティに関する正しい情報を発信するゲイのジャーナリスト」という紹介記事も掲載された。現在、十年来の同性パートナーと5歳の黒猫とともに東京に暮らす。 

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