今回は2019年の婚姻平等化の実現に至るまでの台湾の運動が、どのような歩みを経てきたかを振り返りたい。その前に2019年の戸籍を事務統轄する内政部の公式統計が公表されているので、台湾における同性婚元年の制度利用状況をまとめておく。


2019年台湾での同性婚登録状況

 台湾では2019年5月24日から同性間でも婚姻登録の受付を可能としたため(本連載第1回参照)、内政部が毎月公表している婚姻統計では、同年5月以降、結婚組数の欄が、「異なる性別間」と「同じ性別間」のふたつに分けられた。半年後の同年末までに、「同じ性別間」の結婚登録は、全国合計で2939組(女性2011組、男性928組)に達した(内政部統計)。また離婚にあたる終止登録は同期間に110組(女性50、男性60)あった。2019年に登録された同性間の結婚件数の多い自治体は下表の通りである。いまだに1組も同性婚登録のない自治体は、中国にもっとも近い離島・馬祖群島を管轄する連江県だけとなった。

 全国レベルでみると、女男比はほぼ2:1で、女性カップルが男性カップルの組数の倍を上回る。ところが関係解消カップルでは、女性カップル60組に対して、男性カップルも50組とあまり差がない。台湾においては女性カップルの方が結婚志向が明らかに強く、しかも関係も安定していることを示している。果たしてこうした傾向が台湾に特有のものであるかが気になるところである。これまで同性婚が実現した国々における女男比との比較研究を期待したい。


【台湾における同性間の婚姻数 2019年統計】
出典:内政部人口統計資料



台湾のLGBTをめぐる原風景

 いまでこそ台湾はアジア最大規模のレインボープライド“台湾同志遊行”を開催、またアジアで最初に同性婚を実現するなど、LGBTフレンドリーであることを自他共に認めるようになっている。それは台湾が誇る“warm power”(暖実力)とも位置づけられるほどである(*1)。しかし、台湾がLGBTフレンドリーになっていったのはごく最近のことに過ぎず、ちょっと前までは台湾の「同志」たち(とくにゲイ)は、むしろ新宿二丁目などがある日本にゲイパラダイスを求めて渡航していた。当時は日本の方がはるかにゲイにオープンな空気があったのである。

 台湾のベテランLGBT活動家、喀飛と王蘋は、2000年に書いた「同志人権」と題する報告で以下のように記述している。

 「台湾というこの異性愛中心の父権社会では、同性愛はほとんど存在しないかのような言葉であった。それどころか、隠然とネガティブで、タブーに満ちた概念であり、ほとんど認識されない弱小グループであった。生存と生活の権利は、“合法的な身分”のない状況下では、それを要求し、獲得するべくもなかった。」

 「台湾の家族観念はきわめて重く、各家庭における同性愛の構成員にとって、個人のプライベートな最大の秘密が自らの“性的指向”にほかならならず、それは通常、“ばれない”限りは、一生涯もっとも言いたいのに、言い出せないタブーであり続けた。」(*2)

 このように台湾では長い間、多くの同性愛者はカミングアウトすることができず、身分を隠してひっそりと暮らすことを余儀なくされていた。公衆衛生機関からは公序良俗に反する存在と認識され、医学的にも病気として扱われた。同性愛者は家族からの排斥や拒絶にさらされ、社会的にも差別され、暴力の対象にさえなった。現実社会においては、その存在が可視化されることはほとんどなく、当事者が平等な権利を求める基本的な条件を欠いていたとされるのである。


[*1]鈴木賢「虹色に染まる台湾――新たな「暖実力」の台頭」東方467号(2020年)2頁以下参照。

[*2]喀飛・王蘋「同志人権」台湾人権促進会『二千年台湾人権報告』(2001年)139頁(https://www.tahr.org.tw/publication/12

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