ヤマハ株式会社
Yamaha Corporation
音・音楽はすべての人々のために
誰もが自分らしさを表現できる多様性ある音楽文化の発展と、世界中の人々のこころ豊かなくらしの実現を目指して、ヤマハはLGBTQ+への理解と尊重、支援を継続していきます。
アーティストインタビュー
クィア・ファンタジー界のドラマ・ポップ
Susi Pireli
Paula Trama, Inés Copertino
Paula TramaとInés Copertinoの2人から成るアルゼンチン出身のデュオSusi Pireliは、演劇にインスパイアされたサウンドを作り出します。アルバム1枚と数枚のシングルをリリースし、詩的な歌詞に実験的なシンセサイザーのサウンドや多彩な楽器の音色を重ね融合させる彼女たちは、新たな音楽の地平線を探求しています。
「私たちはこの独創的な世界を作り上げました。これはあらゆるネガティブな環境から私たちを守ってくれる安全な空間だと考えています。私たちは、この世界観の可能性を最大限に引き出してステージに取り入れようとしています」デュオのシンガー兼ギタリストであるPaula Tramaはブエノスアイレスの自宅から、こう語ります。「私たちと観客との間につくり出すファンタジーに深い関心を寄せ、できるなら観客と一体になることに努めています。私たちは、ひとつの実験としてショーの演出を用います。だから演劇的要素が私たちにとって非常に重要なのです。演劇的要素が、私たちの曲を新しいやり方で再体験させてくれるのです」
2人が観客との間で分かち合うものには1つの体系、クィア・ファンタジーの世界があります。Inés Copertinoはそれを「メランコリックでメロドラマのようで情熱的。つまり、ドリーム・ポップではなくドラマ・ポップ」と表現しています。共に創りあげるファンタジーの主役が、命を与えられた架空の存在、Susi Pireliなのです。
「これには適切な名前を与えたいと思いました」シンセサイザー、キーボード、このデュオの音楽制作を担うCopertinoは語ります。「私たちを魅了する女性たちの世界に言及したかったのです」。Susi Pireliは、まるでブエノスアイレスの下町に住む往年の歌姫のように、地元の美容院でばったり出会ってもおかしくないような存在なのです。
2人が出会ったのは、とあるステージ上でした。Inés Copertinoは14年前から彼女のバンド、Amor Elefanteでキーボードを弾いていて、Paula TramaはソロでLos Besosの曲のアレンジを演奏していました。Copertinoは「私はPaulaに、そしてPaulaの歌い方に魅了されたの」と言います。その夜、2人はすぐに意気投合しました。TramaはCopertinoに何曲か自分の曲を送りました。「シンセサイザーを加えるだけかと思ったら、Inésったら、すっかり変えてしまったのよ」
自身をキーボード奏者と定義するCopertinoは、根っからのプロデューサーです。6歳の時に母親が初めてのキーボードを誕生日プレゼントにと買ってくれました。「なんだか面白い遊び道具でした。自分がミュージシャンになるとは思ってもみなかった」。初めてキーボードを弾いてから10年になろうとするころ、彼女はシンセサイザーをいじって探求していました。2019年、彼女はヤマハのMOTIF ES6を自分で購入し、さらにのめり込みました。「そのサウンド(MOTIF ES6)がSusi Pireliのアイデンティティを定義しました。あれはとても特別なもの。パーソナルな音色のパレットを用意してくれています。私は大好き」
Tramaに初めて中古のヤマハのギターを買ってくれたのは母親でした。同じギターをTramaはまだ使っていて、現在もすべての曲はこれで作っています。この楽器は彼女が内気さを隠すための盾になりました。「誰かに話しかけられると赤面してしまうのに、ギターを弾くと安心するんです」と彼女は振り返ります。詩を書き、その詩に曲をつける。やがて、彼女は地元で有名な独立系のシンガー・ソングライターになりました。しかし、Susi Pireliで彼女は、音楽の別の面を探求していきます。「最近、私はサクソフォンに夢中なの。ヤマハのサクソフォンを2本持っています。息を吹き込むと音が出るという、人間の声の仕組みに最も近いものです」。デュオでは、フリーマーケットで見つけたヤマハのバロック式リコーダーも演奏します。そのサウンドは、ハンガリーの音楽家Béla Bartókの「Romanian Folk Dance」を引用した彼女たちの曲「Mientras escaneo」(スペイン語で「スキャン中」)に登場します。
これらの楽器の音色が混ざり合うことで、Susi Pireliは、遊び心とロマンスを唯一不変の軸とするデュオになるのです。
Rio de la Plata(ラプラタ川)から立ちのぼる秋の霧に包まれたブエノスアイレス。彼女たちの歌を劇的に演出するステージでSusi Pireliは「Bolsa de mano」(スペイン語で「ハンドバッグ」)を演奏します。華やかで陰影のある、少しノスタルジックな曲です。
「私たちのサウンドは自分たちの時代とつながりがありますが、それ以外は別の時代のものです」とTramaは言います。名前をあげればLiza MinelliやNina Hagen、Kate Bush、Marlene Dietrichと心情的に近いのかもしれません。「LGTBQ+コミュニティ、特にレズビアンたちはパフォーマンスに一緒に反応してくれる、誰よりも好奇心が強く、察しの良い魅力的な観客たちなのです。舞台は1つの対話であり、私たちの共通の望みが染みついているのです」とTramaは指摘します。この業界における自分たちの立ち位置について尋ねられると、2人はLGBTQ+の会場で演奏することは、ブエノスアイレスのオペラハウス『コロン劇場』で演奏することとは違うと語りました。観客はクィア同士ならわかる一種の約束ごとに反応する必要があります。つまり、その空間に居合わせる人々は同じ文化的感覚を持っていなければならないのです。「私たちは観客にメロドラマを提供し、多くのことを感じてもらおうとします。そして、彼女たちはそうしてくれる」とCopertinoは笑います。
近年、公の場でクィア・プロジェクトが多く受け入れられるようになってきたとTramaは考えています。「舞台の女性枠がなくなって、文化的アジェンダに多様性を持たせる余裕ができたのでしょうね」と彼女は言います。このデュオのクリエイティブな世界は、一般の人々が初めて彼女たちに出会う場所でのパフォーマンス経験と共存しています。「その出会いから面白いことが生まれるのです」とTramaは締めくくりました。フェスティバルのメインステージに女性パフォーマーが起用されにくいということは依然課題として残っていますが、彼女たちのファンタジーに触発された一人一人によって、コミュニティが今後も広がっていくことが期待できるでしょう。
文:Romina Zanellato
2007年よりフリーランスの音楽ジャーナリスト。アルゼンチンの女性ロックミュージシャンの歴史を綴った書籍「Brilla la luz para ellas」(Let the light shine upon them)の著者。