75以上のブランドが共存するコングロマリット全体でのLGBTQ+への取り組み、そしてTRP参加へ
「ファッション&レザーグッズ」「ワイン&スピリッツ」「パフューム&コスメティックス」「ウォッチ&ジュエリー」「セレクティブ・リテーリング」の事業において、多くのハイクオリティブランドを展開するLVMHモエ ヘネシー・ルイ ヴィトン・ジャパン株式会社(以下、LVMH)は、近年DEI(Diversity, Equity & Inclusion)への取り組みを加速させている。あらゆるブランドが共存し、規模を拡大し続けているLVMHグループにおいて、横断する形でのDEI推進はどのように行われているのだろうか。
同社ピープル&カルチャー シニアマネージャーの山内 彩さんに、これまでのDEIの取り組みやLVMHグループ全体でTRPへ参画することを決めた経緯、今後の展望について聞いた。
LVMHモエ ヘネシー・ルイ ヴィトン・ジャパン合同会社
ピープル&カルチャー シニアマネージャー 山内 彩さん(写真)
聞き手・文/御代 貴子
写真/清原 明音
各メゾンの個性を尊重しながら、グループ全体でDEIを推進
――まず、LVMHグループにおけるDEIの取り組みについてお聞かせください。
山内 彩さん(以下、山内) LVMHジャパンのピープル&カルチャーチームがリードする形で、メゾンの人事と協同しプライド月間(Pride Month)や女性活躍に関するイベントの開催、アンコンシャスバイアス(無意識の偏見)の研修など、さまざまな啓発活動を行っています。あらゆる場でDEIに触れる機会を設け、何度も考えてもらうことを通して、LVMHグループがいかにDEIを大切にしているのかをメンバーに浸透させているのです。
その他の活動はメゾンごとに行っていたのですが、各メゾンのDEI推進者がコミュニケーションする中で、近年、「グループ全体でできることはないだろうか」という話が進みました。私がシニアマネージャーを務めるピープル&カルチャーのミッションのひとつにDEIを掲げていることもあり、現在はメゾンごとの取り組みを継続しつつ、研修やイベントという取り組みにとどまらず、LVMHグループ全体のカルチャーとしてDEIをさらに浸透させていくことに注力しています。
――メゾンが増え続けているLVMHグループでは、DEIをはじめとするグループ全体の取り組みを進めようとすると、組織の一体感をつくるのが難しいのではないでしょうか。
山内 たしかにメゾンの数は現在75にまで増え、私が在籍している8年の間にLVMHジャパンの従業員数も2倍近くになりました。
その中でLVMHグループの特徴は、メゾンごとのDNAや歴史、個性を守るために分権的な組織にしていることです。LVMHは、それらを長期的に成長させるためのファシリテーターという存在なのです。メゾン同士が刺激し合うことによって、結果としてLVMHグループ全体の求心力を育む考えをもっています。
――分権的にしているからこそ生まれる多様性もありそうです。
山内 その通りです。規模もカルチャーも違うメゾンが共存し、尊重し合うことは、私たちが本質的にもつダイバーシティだと考えています。一方、インクルージョンは自分たちで選択して行動すべきだというメッセージを発信しているところです。
そして、LVMHはビジネスの成長を前提にしつつ、世の中にポジティブインパクトをもたらすことを大切にしています。会社のバリューにも、これまで掲げていた「創造と革新」「卓越性の追求」「起業家精神の育成」に、2023年より「ポジティブインパクトへのコミットメント」が追加されました。LVMHならではのDEIを体現して、社会によい影響を与えていきたいと思っています。
草の根活動から始まり、今年はグループ全体でのTRP参加へ
――過去の東京レインボープライド(以下、TRP)には各メゾンで参加いただいていましたが、2024年はLVMHグループとして参加いただきます。グループ全体で協賛することになった経緯を教えてください。
山内 グループ全体での参加はグローバルでも希少な取り組みとなりますが、実は、数年前から参加を検討していたんです。
LVMHは2019年、国連のLGBTIへの差別に対する企業行動基準へ署名しました。これをきっかけにグローバルでDEIの活動が加速し、翌年には全世界でアンコンシャスバイアスの研修を開始。社員からインクルージョンの取り組みに対する意見を募る「Voices of Inclusion」の取り組みも始まりました。
こうしたグローバルでのDEIの動きによって、所属するメゾンの方針に囚われすぎることなく、個々人でも取り組んでいいのだという雰囲気が日本法人に生まれてきました。
そのような時、LGBTQ+の当事者である人事部門のマネージャーが「LVMHグループの皆でプライドパレードに参加したい」という話を持ちかけてくれたんです。そこで、2020年から3年間ほどは人事で小さなコミュニティをつくって参加していました。10名ほどの規模からスタートし、人数が毎年少しずつ増え、2023年には60名ほどでパレードに参加するまでになりました。以前は他のメゾンの様子をうかがって行動する雰囲気が少なからずあったLVMHですが、草の根活動のようにじわじわと広がりを見せていったのです。
また、参加する中で、「LOEWE」や「GIVENCHY PARFUMS」などいくつかのメゾンがTRPへ協賛している光景を目の当たりにして、LVMHグループ全体でも協賛できるのではないかと背中を押され、具体的な検討を始めました。
グループ全体で協賛するためには、数あるブランドから賛同を得なくてはなりません。2023年のTRPが終わってから社内の関係者とコミュニケーションを重ねて協力者を増やし、12月にLVMHジャパン社長のノルベール・ルレから同意をもらうことができました。ルレからは、トレンドが生み出される表参道という場所で行われることもLVMHグループと親和性が高く、TRPに参加する意義があると捉えてもらえましたね。
2024年のTRPには、250名規模で参加する予定です。DEIを頭で理解するだけでなく心も動いて、さらなるアクションにつなげていけたらと思っています。また、TRPと同時期に、LVMHグループとTRPのコラボ企画として、表参道のメインストリートを彩るけやき並木にフラッグを掲揚します。加えて、フォトグラファーのレスリー・キー氏が特別に撮り下ろした写真展「SUPER LVMH -Art de Vivre-」を開催します。ここからが本格的なスタートです。
――規模の大きい組織で合意を取り、グループ全体でTRPへ協賛することができたポイントは何だったと思われますか。
山内 トップ一人の号令で動いたのではなく、ボトムアップで賛同者をじわじわと広げていったからだと思います。分権的な体制をとっているLVMHグループにとっては、このプロセスが最適でした。
また、LVMHグループの社員は多様性が高く、当事者もいますし、帰国子女など育った環境もさまざまです。多様な価値観の中で自分のアイデンティティに悩んだというダイバーシティの原体験をもつメンバーが、マネジメント職にも多く就いています。こうしたリーダー陣が社内のLGBTQ+コミュニティのスポンサーをしていたり、自分のマイノリティ性や想いをメンバーへ自己開示してくれたりしているからこそ、多くの社員が関心を寄せてくれたと感じています。
自分を大切にするから、相手を大切にできる
――今年のTRPのテーマは、「変わるまで、あきらめない。」です。今後、LVMHグループとして変わるまであきらめずに向き合っていきたい課題をお聞かせください。
山内 日本全国の店舗スタッフまでDEIをカルチャーとして根付かせていくことが、今後向き合うべき課題だと考えています。今はまだ、ブランド、あるいは地域によって意識にバラつきがあるのが事実です。DEIはスタッフがすべてのお客様にインクルーシブな接客をするためにも必須となる取り組みなので、各メゾンでリテールトレーニングを担当するメンバーとも連携しながら、この課題に向き合っていきたいと思います。
また、多数のブランドがあるグループであり、組織規模も年々拡大しているので、LGBTQ+コミュニティを維持する仕組みを整備する必要もあります。
DEIをカルチャーとして浸透させる際のポイントは、「教える」という感覚を捨て、社員の皆さんが興味をもっている観点と絡めて発信し、楽しみながらその考えに触れてもらうことだと思っています。人は、楽しそうな場に自然と集まるものですから。LVMHグループはデザイナーやファッションに関心をもつ社員が多いので、デザイナーとのトークセッションでDEIのテーマを扱うのも一案です。
また、DEIを他人事にせず心から理解するには、まず自分自身を理解して大切にすることが必要です。そして人は、自分の価値観を他者に押し付けて対立してしまいがちですが、その原因は「相手を知らない」ことにあるのではないでしょうか。
自分を大切にしていれば相手との違いを認められて、相手も大切にできるはずです。自分を理解して大切にし、相手とコミュニケーションしてお互いを理解する。これがLVMHグループにとって当たり前のカルチャーになるまで、DEIの取り組みは続きます。
――ありがとうございました。