19世紀からD&Iに向き合い続けたIBMが歩んできた道、そして未来へ

LGBTQ+への取り組みにおいて、日本のトップランナーであり続けた企業といえば、日本アイ・ビー・エム株式会社(以下、日本IBM)だ。同社がD&Iに向き合ってきた歴史は長く、グローバルでは1800年代から、あらゆる差別を取り払う活動をしてきた。

日本IBMでLGBTQ+への取り組みを行う、執行役員 最高品質責任者 兼 テクノロジー事業本部クオリティ&サポート担当の今木正英さんと、人事組織変革コンサルタントの河西遥菜さんに、これまでの歩みと、さらに公平な社会を実現するために取り組むべきことについて聞いた。

執行役員 最高品質責任者 兼 テクノロジー事業本部クオリティ&サポート担当 今木 正英さん(写真・右)
IBMコンサルティング事業本部 タレントトランスフォーメーション コンサルタント 河西 遥菜さん(写真・左)

聞き手・文/御代 貴子
写真/清原 明音


100年以上にわたってD&I推進を続けられた理由とは

――まず、お二人のLGBTQ+にまつわる活動についてお聞かせください。

今木正英さん(以下、今木) 私は2022年10月にLGBTQ+アライ宣言し、現在は当社のダイバーシティを推進するLGBTQ+カウンセルのエグゼクティブ・スポンサーを務めています。

アライ宣言をしたのは、ダイバーシティ&インクルージョン(以下、D&I)は大切だと認識していたものの、何か形にして行動できてはいなかったためです。2023年には東京レインボープライド(以下、TRP)にも参加し、大勢の方が生き生きと参加している光景を目の当たりにできました。

河西遥菜さん(以下、河西) 2022年に新卒入社し、人事組織変革コンサルタントとして働きながら、社内のD&I活動に参加しています。私自身はクィアの当事者であり、中学時代からD&Iに興味をもち、大学時代には留学をし、ドイツの大学でジェンダー学を専攻していました。就職活動でもD&Iを大切にしている企業に絞って採用試験を受け、多様性に向き合う先進的な企業である日本IBMへの入社を決めました。

入社して3日目にはLGBTQ+アライ宣言し、ダイバーシティ&インクルージョン推進部長にLGBTQ+をテーマにした活動があれば参加したい、とコンタクトを取ったんです。

LGBTQ+当事者とアライの会社公認コミュニティにも早速参加し、月1回開かれる対話の場である「LGBTQ+アライ・ラウンジ」や、6月のPride Monthに合わせたイベント開催などの活動をしています。TRPのブース出展やパレードも、コミュニティが主導してボランティアを募り、参加しています。

――日本IBMは、LGBTQ+への取り組みにおいては国内のトップランナーであり続けていると思います。なぜそうなり得たのか、これまでの活動とあわせてお聞かせください。

今木 当社におけるD&Iの歴史は長く、アメリカ本社に至っては1800年代から多様な人材が活躍する組織づくりに取り組んでいます。女性と黒人の採用に始まり、ジェンダー、人種、性的指向などによる差別をなくす活動を100年以上にわたって続けているのです。

――営利企業では、D&Iのような取り組みはどうしても優先度が下がりがちです。日本IBMではなぜ、長年にわたって続けられていると考えますか。

今木 業務指示ではなく社員本人の意思による活動であり続けたことと、すべての人の意見に耳を傾ける社風があるからだと思います。

そして、CEO自らが、人種や国籍、ジェンダー、性的指向などによる採用や評価、昇進における差別を禁じることを明記したポリシーレターに署名していて、全社員が毎年行動規範の研修の中で、この内容を確認しています。

ボトムアップの活動、そしてトップの意思という両輪があるからこそ、ここまで続けてこられたと考えています。

単発の施策をやっても成果は出にくい。継続こそが大切

――今年はTRP30周年という節目の年となり、「変わるまで、あきらめない。」というテーマを掲げています。日本IBMの取り組みを振り返って、変えるためにあきらめずに続けていることはありますか。

今木 単発でLGBTQ+への取り組みをしても、その一瞬は社員の興味をひくかもしれませんが、目を向け続けてもらうことは難しいものです。だからこそ、大きなイベントだけでなく、小さな情報も常に発信することが大切だと考え、取り組みを続けてきました。

当社では、社内公認コミュニティの活動だけでなく、同性パートナーを配偶者と同等に見なす「IBMパートナー登録制度」などの制度を整えたり、各種研修を実施したり、LGBTQ+に関する法制化に賛同したりするなどのさまざまなアプローチをしています。今後も取り組みの大きさにかかわらず、情報発信を続けていきたいと思います。

「小さな明かりを灯す」ことで救われる人がいる

――この先の未来、LGBTQ+の課題を乗り越えて公平な社会が実現するために、企業あるいは個人としてどのようなことが必要だと考えますか。

今木 企業として取り組みたいことは、他企業との交流です。社内でD&Iが当たり前になっても、他社や社会全体と比べてどの程度進んでいるのかを感じられる機会になるのではないかと思うためです。また、外部から刺激を受けることで、取り組みへの熱量を維持できるとも考えています。

そして、私個人としては、小さなことを積み上げるのが何よりも大切だと考えています。

昨年参加した「work with Pride」のカンファレンスで、強く心に残っていることがあります。それは、「LGBTQ+当事者の方々にとっての日常生活は、暗闇の中を探りながら歩いているようなものだ」という言葉です。そこに虹色のグッズを持っている人を見つけただけで、明かりが灯っているように感じるという話でした。

これをきっかけに、個人がすべきことは大きくなくとも、明かりを灯すことではないかと思うようになりました。たとえば、企業の受付にレインボーの小さな旗を立てておくのもいいですし、一例として私はスマートウォッチの画面をレインボー柄にしています。ふとした時に、誰かが気づいてくれて「明かりがある」と感じてくれれば嬉しいと思っています。

河西 私は日本IBMへ入社して3年目を迎えました。社内では期待通りの活動が行われていて、そこに参加できていることに満足しています。

ただ、先ほど当社を日本のトップランナーだと言っていただきましたが、本当に先頭を走り続けられているかというと、そうではないと思っているんです。

さらに先進的な活動をしていて社会的なアクションを起こしている企業もある中、当社がやるべきことは、まだまだあると考えています。たとえば、LGBTQ+に関するニュースが出たり社会問題が浮かび上がったりした時に会社として声明を出す、ブックレットを作成する、といったことです。社内のコミュニティメンバーとして、これからも活動をがんばっていきたいと思います。

個人として取り組みたいことは大きく二つあります。一つは、身近なところからアライの仲間を増やすことです。SNSなどで当事者への心ない言葉が散見され、LGBTQ+にまつわる法整備の進展も遅い状況をふまえると、当事者だけでアクションを起こしていても公平な社会を実現するのは難しいと感じています。

非当事者がこの社会で特権を持っていることに気づけない限りは、その権利を当事者にも平等に与えようとする意識が芽生えないと思っています。非当事者もアライとして一緒に声を上げていくことで、理想とする社会に一歩近づけるのではないでしょうか。

二つ目は、当事者や自分のセクシャリティに悩んでいる人にとって、そばにいられる存在でありたいということです。悩みをひとりで抱え込んでいる人にも「河西さんであれば、相談できるかもしれない」と感じてもらえる人になりたいと思っています。

今木 河西の話を聞いていると、若手でも心強いメンバーがいると感じます。これからも社員一人ひとりの意思を尊重しながら、経営陣としてD&Iにコミットメントしていきたいと思います。

そして、社会を見渡すと、世代や地域によってLGBTQ+の課題に対する意識にはまだ差があると感じます。社会の価値観が変化する中で育った若い世代はD&Iへの理解がある一方、ミドル・シニア世代はまだ追いついていません。そして結果的に、年齢層が高い人が多い地域はこの課題への関心が薄くなっています。

日本がもっと公平な社会になっていくためには、法整備と並行して、幅広い世代や地域に対してもD&Iを当たり前のように浸透させる取り組みが必要だと考えています。今は変化の分岐点を迎えた大切な時期です。より幅広い世代や地域でD&Iに向き合えると、日本社会はもっとよいものになっていくのではないでしょうか。