全国Ally表明医師マップを作り上げた、ノバルティス ファーマの「本気」

からDEI Head アンソニー・エストレラさん、固形腫瘍領域 エコシステム 大山由紀子さん、ジェネラルメディスンマーケティング本部 大木麻未さん、オムニチャネルチーム 久保田舞さん

医療現場で「嫌な思い」をしたことがあるLGBTQ+当事者は少なくない。セクシュアリティに関することで嫌な思いをした結果、医療機関を受診しなくなるケースもあるという。医療とLGBTQ+に関する課題に対して、製薬企業であるノバルティス ファーマの取り組みに注目した。

同社が公開している「Ally表明医師マップ」は、LGBTQ+と医療について学び、アライを表明する医師を全国から検索できるものだ。

なぜこのような仕組みを作り上げることができたのか。DEI Headであるアンソニー・エストレラさん、「Ally表明医師マップ」を完成させたMedical Ally Networkメンバーである大木麻未さん、大山由紀子さん、久保田舞さんに話を聞いた。

取材・文/もうすん 撮影/清原明音

医療にイノベーション
DEIの推進は「重要戦略」の一つ

ノバルティス ファーマとは、どのような会社でしょうか。

アンソニー・エストレラさん(以下、アンソニー) ノバルティスはスイスに本社を置くグローバル製薬企業で、全世界に約7万8,000人の社員がおります。その日本法人がノバルティス ファーマです。革新的医薬品の研究・開発を行っており、弊社の医薬品は世界140カ国以上で販売され、およそ2億8,400万以上の患者さんに届けられています。

―会社としてDEIに対する考え方について教えてください。

アンソニー DEIは重要戦略のひとつです。私たちのパーパス(究極の目的は患者さんのより充実した、すこやかな毎日のために、医薬の未来を描くことです。これを実現するためには、多様な価値観や背景を持った社員一人ひとりが自分らしく能力を発揮できる環境・組織づくりが必要だと考えています。

新たな治療やアクセス実現のためのイノベーション創出において多様な価値観や背景を持つ社員の協働大きな原動力となり、必要とする患者さんに適切な治療を適切に届ける、そんな未来へ繋がると考えています。

ERG(従業員リソースグループ)の活動も盛んだと聞きました。活動について教えてください。

大山由紀子さん(以下、大山)ERGは4つあり、その一つがSOGI / LGBTQ Allyネットワークです。このERGと有志社員で2021年から医療関係者を対象としたLGBTQ+と医療に関する講演会を実施しています。過去5回で約2200人の医療関係者に参加していただきました。

LGBTQ+コミュニティと医療について色々と調べていた時に、病院で嫌な思いをする当事者の方がいてそのために受診をためらう場合もあるということを知りました製薬企業として医療に携わる私たちになにかできることがあるのではないかという使命感からこの講演会を始めました。

医療関係者に当事者を取り巻く現状を知っていただき、アライになっていただくという目的を持って、講演会を3年間続けてきました。当事者の皆さんが医療機関で困っているという貴重な声を伝えるこの取り組みには、毎回大きな反響を寄せていただいています。

続けていく中で、課題も見えてきました。アライを表明される医療関係者が増えたとしても、それが誰なのかを当事者の方にお知らせするすべがなかったということです。

こうした気付きをきっかけとして、「Medical Ally Network (略してM’Ally Project)」というAlly表明医師マップをつくる活動を立ち上げました。

“本気”で学ぶ
「Ally表明医師マップ」


「Allly表明医師マップ」のスクリーンショット

―「Ally表明医師マップ」はどのような点を意識して作られたのでしょうか。

大木麻未さん(以下、大木) アライを表明してくださる医療関係者の存在を伝えたくても、「自己申告制」では意味がないという話になりました。知識や理解が十分でないにもかかわらず「アライです」と表明されると、患者さんをかえって不安にさせてしまうこともあるかもしれません。

僭越な言い方ですが、LGBTQ+に関する十分な知識と志を持っている方をマップに掲載したい、また一貫したレベルも必要であると考えました。そこで、当事者の方やこのテーマに造詣の深い各種団体の方にご意見を伺い、監修にも入っていただき、e-ラーニングコンテンツを15本ほど作りました。

上記のようなe-ラーニングコンテンツを受講する

LGBTQ+の基礎知識から始まり、実際の医療現場ではどのように実践すべきか、当事者の声などもコンテンツに反映しています。また、受講してみたが、何から実践すべきか分からないという場合の実装支援ツールや、大学病院・中小病院・開業医院のそれぞれの取り組みを紹介したもの、FAQなども含まれています。

かなりボリュームのあるコンテンツに加えてそれぞれテストもあります。最後には「修了テスト」もあり、100点満点でないとクリアができない設定になっています。そこで初めて「Ally表明医師マップ」への登録の希望を確認します。

―本気で学ぶ姿勢がないと登録ができないものになっているのですね。テスト後に希望を聞くのには理由があるのでしょうか。

大木 個人の学びとしてe−ラーニングを受講したけれど、施設全体では対応をしていない場合など、登録をためらわれる先生もいらっしゃるので、そこはご希望を確認するようにしています。マップへの掲載を承諾いただいた場合、アライ表明書を発行しています。

実際に公開されているマップを見ていただくと分かりますが、先生がアライを表明されていても、その先生にたどり着くまでに課題がある場合もあるので、施設全体でのLGBTQ+に関する研修があるかどうかが分かるようになっています。また、どの施設のどの診療科の先生で小児・思春期対応ができるかも表示しています。

―正直、驚いています。もはや公共事業ですね。

大山 講演会も医師マップも、当事者の声を届けるということに特にこだわっています。私たち当事者ではないため、当事者の方を抜きにこういった支援をするべきではないと考え、「にじいろドクターズ」や「まるっとインクルーシブ病院の実装プロジェクト」といったこのテーマへの造詣が深い関係者の方々のご協力を得て、公開することができました。

情熱を維持できた会社の風土

―有志でこれだけの規模のものを作るにあたって、会社としてはどのようなサポートがあったのでしょうか。

大木 弊社はイノベーティブなものを奨励し支援する文化があります。この「M’Ally Project」は、企画段階で社内コンペのようなものに応募しました。そういった制度があるからと、まず社内で繋がっていた我々で意見を出し合って企画を作りました。社内の経営陣の理解も得られ、実際に取り組むことが決まりました。

―それぞれ本業がある中で、どのように進めていったのですか。

大木 正式に承認を受けたのが、2023年の3月末で、リリースが11月でしたね。承認後2ヶ月ほどは、専門性のある団体の皆さんにご相談をして検討を重ねたので、実働は半年くらいでしょうか。

このプロジェクトはシステムをゼロから構築し、コンテンツの作成も当事者の方や医療監修者の方と協力して進めるなど、かなり大掛かりなものでした。上司や周囲の理解を得ながら、本業とバランスを取りながら取り組みました。

久保田舞さん(以下、久保田) 私たちは、本業でもそれぞれの得意分野が全然違っています。私は普段ITチームで主にデジタルを担当し、e-ラーニングやマップへ登録するシステム構築を行いました。

大山は主に現場の先生がたや団体の方とのやり取りを担当しそれぞれと話をまとめてくれました。大木は社内調整で経営陣の承認を得ることやグローバルに話を通すことを中心に行いました。それぞれ本業や得意分野が違うメンバーが集まり、うまくケミストリーを起こせた気がします。

―LGBTQ+当事者としての目線で伺いますが、「そこまでしてくれる」のはなぜでしょうか。

大木 患者さんが治療にたどり着くことを「医療アクセス」と呼びますが、医療アクセスの改善は私たち製薬企業が製品を通じて治療をお届けするうえで必要なことです。そのためにもLGBTQ+の方々が安心して受診できる環境を作るこの活動を「やったほうがいい、やるべきだ」と強く思ったからです。こうした課題に取り組む活動を続けられるのもこの会社の風土があったからこそですし、そのおかげで情熱が維持できたと思っております。

大山 ノバルティスは「ICUI(Inspired, Curious, Unbossed,Integrity)」という考え方を大切にしており、患者さんのために力を尽くすことが根底にあります。たくさんのLGBTQ+当事者の方が課題に直面していることを知ったからには、その方たちが患者さんとして医療機関を受診する時に、当たり前に受診ができて治療を受けられるようにサポートしたいという気持ちが原動力になっています。

―実際に作っていて大変だったところはありますか。

大木 タスクは多かったのですが、実際に作る上で困ったことはありませんでした。監修をいただいた先生や団体の方も本当にとてもサポーティブで、ご協力いただいた当事者の方も私たちの疑問に丁寧に答えてくださいました。

マップの存在を広く知ってもらい
より良い循環を

―東京レインボープライド2024で予定しているブースの内容はどのようなものでしょうか。

大山 「Ally表明医師マップ」の存在を来場の皆さんに知っていただけるような内容を予定しております。

TRPへのブース出展を通じて、当事者の方にぜひこのマップの存在を知っていただき、活用していただければと思います。認知度が上がることで、医師の皆さんも受講されて登録が増えるという好循環を生み出せればと考えています。

大木 パレードにも社員有志で参加を予定しています。今回は「Ally表明医師マップ」の存在を知っていただきたいので、横断幕やリーフレット、TシャツなどにマップのQRコード掲載する予定です。

―TRP2024のテーマは「変わるまで、あきらめない」です。皆さんがあきらめずに続けていることはなんでしょうか。

大木 病気になった時に誰もが、公正で当たり前に医療を受けられる社会の実現を諦めないことを、製薬企業で働く社員として私たちは、いつも心に留めています。

久保田 私はウェブサイトの担当なので、いつかこのマップがいらなくなって閉じる日が変わった時なのかなと思っています。そこまで諦めずにできたらと思います。

大山 2021年からこの活動をやっていてもう4年目になるのですが、私のテーマはずっと「変わるまで、あきらめない」です。講演会をはじめた時も、賛同してくれる人はいたけれども、今よりずっと少ない状態でした。協力してくれる医療関係者の方も増えてきていて、確実に輪の広がりを感じています。今回のTRPもその一環としてとらえています。