「その声が、世界を変える」LGBTQ+コミュニティの「声」を全世界へ届ける、Spotifyの取り組み
大盛況のうちに幕を閉じた東京レインボープライド2024。本年のステージアクトでラストアクトを披露した ちゃんみな と、LGBTQ+コミュニティのアイコンであるリナ・サワヤマのビジュアルが一際目を引くSpotifyの出展ブースは多くの人で賑わっていた。
音楽ストリーミングサービスとして世界中にアーティストの「声」を届ける活動を続けてきたSpotifyが、コンテンツを通してコミュニティに対して続けてきたサポートについて、Spotifyの音楽部門・企画推進統括の芦澤紀子さん・人事の吉田祥子さん・広報/コミュニケーション統括の万波宏司さんに話を聞いた。
取材・文/髙松孟晋
写真/清原明音
ーSpotifyという会社・サービスについて、改めてお聞かせください。
万波宏司さん(以下、万波) Spotifyは2006年に創業、2008年からサービスを開始している世界最大級のオーディオストリーミングサービスです。日本でも2016年にサービスを開始しており、現在180以上の国と地域で、6億人以上が利用している大きなコミュニティになって、1億以上の楽曲と500万以上のポッドキャスト番組が利用できます。
無料・有料どちらでも利用できるサービスで、アーティストやクリエイターが、自身の作品を世界中のリスナーに届け、それによって対価を得てサステナブルに活動できるようにすることをミッションとし、これを追求しつづけています。
最大の特徴の一つはパーソナリゼーション(個人最適化)で、個人の好みや聴取行動を踏まえて、新しい出会いを促し、個人個人に寄り添ってどんどん進化していくところです。一日を通してその時の気分やシチュエーションにあった音楽やポッドキャスト番組を楽しめるので、使えば使うほどに毎日の生活に欠かせないパートナーのような存在になっていくように思います。
ー会社としてのDE&Iに関する姿勢はどのようなものでしょうか。
吉田祥子さん(以下、吉田) Spotifyでは現在「DEI(ダイバーシティ・エクイティ・インパクト)」を掲げています。当初はDEIB(ダイバーシティ・エクイティ・インクルージョン・ビロンギング)だったのですが、今インクルーシブであることは当たり前のことと捉えておりまして、そこを踏まえた上で、社内外に向けてインパクトを起こすことが何よりも大事だと考えています。
Spotifyの大きなミッションとして、クリエイターの皆さんがそれぞれ持っている可能性を解き放つためのサポートをしておりまして、社内におけるダイバーシティの考え方もそこに沿っています。それぞれの個性や可能性、持っているスキル、秘めているものを自分らしく多様に、かつ協力的に行うための職場づくりを常に意識して行っています。
そのミッションを前提にしつつ、大事にしていることが「インクルージョンマインドセット」です。「グロースマインドセット」という、人の基本的資質は努力によって伸ばせるという考え方があり、よく「フィックストマインドセット(人間の基本的資質が変わらないという考え方)」とセットで語られるのですが、弊社の場合はグロースマインドセットを大事にしつつも、「この人はこうだよね」といった型にはめた考え方をせず、共感・共生をしていくというインクルーシブな考え方をプラスし、「インクルージョンマインドセット」と呼んでいます。
例えば採用活動においてもそうですし、社内での面談やチームのディスカッション、何かを決断するといったあらゆるシーンにおいて、「この人たちはこう考えるだろう」といった思い込みをせず、ちゃんと意見を聞きあえる環境づくりに活かされていると思います。
ーDEIに関する具体的な制度面などはいかがでしょうか。
吉田 DEIに関する基本的な社内制度というものはすでに「当たり前のこと」として浸透しているので、特定のグループのために何かがあるというわけではありませんが、family formingや育児休業といった制度は男女関係なく、どの人たちにも使えるベネフィットとして設定されています。
コミュニティの声を世界へ届ける「GLOW」
ー2018年から東京レインボープライドに協賛をされていますが、LGBT+コミュニティに対するサポートや発信してきたメッセージについてお聞かせください。
芦澤紀子さん(以下、芦澤) これまでSpotifyでは、グローバル規模で「PRIDE」という名称でプレイリストを主軸にしたさまざまなキャンペーンを行ってまいりました。
2023年の1月からは「GLOW」という名前の新しいグローバルプログラムがはじまっています。これはLGBTQIA+のアーティストやクリエイターの輪を広げ、彼らの音楽や文化への貢献を祝福するプロジェクトとして新たにローンチしたものです。
コンセプトとしましては、世界に大きなオーディエンススペースを持つSpotifyがその規模感を活かして、世の中に発信をする機会が限られているようなコミュニティの声を届けていくということを目的にしています。
「GLOW」という名前に変わる以前から、日本国内でもコミュニティに光を当てるべくプラットフォーム上で特集ページなどの企画を組み、多様な作品を紹介する継続的なサポートを行ってきました。昨年の取り組みでは、当事者のアーティストの方にスポットライトを当てるプレイリストや、コミュニティのクラブシーンで活躍されているオーガナイザーやDJの方に選曲を依頼したプレイリストを公開しています。
国内のクリエイターの楽曲や番組をグローバルにプログラミングし、リリースが世界中に波及していくような働きかけを、他の国のプレイリストエディターにプッシュし、情報交換を積極的に行うような取り組みも続けています。
ー「GLOW」という名前にはどのような意味が込められているのでしょうか。
芦澤 「光を放つ・輝く」といった意味を持つ単語で、LGBTQIA+のアーティストやクリエイター、およびその方々を支えていくリスナーやアライの方々など、さまざまな声を世界中に響かせて、輝かせていこうという思いがあると思います。
ー今後の展開はどうなるのでしょうか。
芦澤 国内でのGLOWの取り組みをより積極的に展開していくために、今年「PRIDE CODE」という名前のキャンペーンを朝日新聞ポッドキャストさんと共同で立ち上げまして、こちらを広げていく形で動いております。
すべての人がPRIDE(誇り)を持てる社会にするために、CODE(慣習)を見直そうというメッセージが根幹にあり、具体的な活動としては、Spotify側では「Spotify Singles」というSpotify限定レコーディング企画の一環として、リナ・サワヤマさんの「This Hell」という楽曲に、ちゃんみなさんが新たにリリックを書き下ろした新しいRemixを制作しました。
「This Hell」はLGBTQ+コミュニティの「奪われている権利」をテーマに制作された楽曲で、TRPさんでも昨年のオフィシャルテーマソングに起用されるなど、コミュニティのアンセムとして支持されている楽曲ひとつであるかと思うのですが、この楽曲に改めて命を吹き込んだ楽曲をSpotify側から発信しています。
朝日新聞ポッドキャストでの企画も実施しました。人気コンテンツである「ニュースの現場から」という番組の特別企画「PRIDE CODE」を立ち上げ、リナさんや、ちゃんみなさん、與真司郎さん、Aisho Nakajimaさんなど、この取り組みに共感していただけるLGBTQ+コミュニティおよびアライの方々で、さまざまな分野でクリエイティブに活躍されている方をお迎えし、思いを語っていただいています。
「署名用紙」が声を届け、声を聞く入口になる
ー今年のTRPのブース展示について教えてください。
芦澤 こうしたポッドキャストと音楽の取り組みを軸としながら、今年のTRPでは、「公益社団法人Marriage For All Japan – 結婚の自由をすべての人に」の活動に対し賛同を表明するための署名用紙を会場内のSpotifyブースでお配りするお手伝いをさせていただきました。署名用紙がちょっとユニークなものになっておりまして。
署名用紙に書いてある文章が、波型のコードになっていて、このコードをSpotifyのアプリ内のカメラ機能を使って読み込むと、自動的に先ほどお伝えした「PRIDE CODE」のプレイリストに移行し、コミュニティを代表するアーティストやクリエイターの皆さんが発信されている音楽やポッドキャスト番組を聴くことができるという仕掛けになっています。。
多様なアーティストやクリエイターの作品にふれるきっかけになればということでこの企画を実施したのですが、TRPでは1日目(土曜日)にかなりの数の署名用紙がなくなってしまい、2日目(日曜日)では、用紙が足りなくなって約2〜3時間署名ができない時間も出るほどでした。非常に反響は大きかったと手応えを感じています。
また、これは昨年も行った企画ですが、お越しいただいた皆さんに「あなたを輝かせるお気に入りの一曲」をSpotify上で選曲していただき、皆で1つのプレイリストを完成させるという企画を行いました。こちらも1,000人を超える方にご参加いただき、800曲以上からなるプレイリストが完成しました。
ー今年のTRPに参加された皆様の感想はいかがでしょうか。
吉田 例年、感じることなのですが、「セーフスペース」ができている感じがあって、本当に参加者の皆さんが「自分らしくあること」を楽しんでいる空間になっていると感じます。日常がこんな空気になれば、と参加する度に思います。
また、会社としてもSpotifyらしい形でコミュニティをサポートすることができたように感じています。来てくださった方に、気づきや問題定義をできたこと、今年で言えば同性婚が認められていないことを考えるとか、アーティストさんの声も含めてそういったことを体現できたことを嬉しく思っています。
万波 ご近所の方が散歩がてら来ていたり、お子さんを連れていらっしゃったりと、本当に多様な皆さんが集まる空間になっていたように感じます。音楽やポッドキャストなどのコンテンツを通して、アーティストやクリエイターとリスナーが相互につながるきっかけをお届けすることができ、Spotifyらしい取り組みになったと思いました。
芦澤 「署名を書いていただいて、コードを読む」という企画は、アクションを必要としますし、フォトブースなどの気軽に立ち寄れるものと比べるとどうしてもコミットメントを必要としてしまうので、どれくらい反応があるか始めるまでは未知数でした。
蓋を開けてみれば、非常にたくさんの方に来ていただいて署名用紙が足りなくなるほどで、皆さんの熱量や参加意識が感じられて非常に嬉しく感じました。
これら一連の活動は、PRIDE CODEアフタームービーという形で、以下よりYoutubeでみなさまにご覧いただけます。
ーTRP2024のテーマは「変わるまで、あきらめない」でした。皆さんが会社を通してあきらめずに続けていること、このような取り組みに対するモチベーションなどがあればお聞かせください。
万波 多様なバックグラウンドのアーティストやクリエイターが、その作品や声をより多くのリスナーに届け、オーディエンスを広げ、ファンとの中長期的な結びつきを強めていくお手伝いをするというミッションに共鳴する、様々な専門性や個性をもった従業員が集まり、チームを超えて一丸となって、真摯にまた遊び心を持って取り組んでいるのがSpotifyではないかと感じています。時代と共に新しいイノベーションに挑戦しながら、このミッションの実現に向けて取り組み続けていくことは、これからも変わらないと思います。
吉田 LGBTQ+に関してでいえば、そもそもLGBTQ+ってなんだっけ? ということから、たとえばアライについて知ってみようかとか、本当は知りたいけど聞けないことを聞けるような場をもっと作るということを続けていきたいと思っています。自分らしくあることを他人事にせず、どのダイバーシティのトピックについても寄り添っていきたいです。
芦澤 日本の音楽業界はジェンダーバランスをはじめ、既成の概念が強くあると思っていたのですが、Spotifyに入って思うのは、こうした既存の「壁」みたいなものは、ふとしたきっかけで簡単に壊すことができるということです。
Spotifyがあることによって、インディーズのアーティストが世界のリスナーに見つけてもらって、海外で大人気になることも実際に起きていますし、これまで想像できなかったような形での音楽や作品の届け方っていうのがここ数年起きていると思います。
ジェンダーや、時代や、国境など、既存の概念を一度取っ払ったときに、予想だにしなかった「超え方」をしていくことを目の当たりにして、こんなに素敵な未来があるかもしれないという予感にワクワクしています。